青年部年間拝読御書

青年部拝読御書 顕仏未来記 研鑚のために⑦

師の如く戦え 深き使命に生き抜け!青年部拝読御書 顕仏未来記 研鑚のために⑦

青年部拝読御書「顕仏未来記」を学ぶ連載の最終回は、第7章を解説。日蓮大聖人が仏説の如く大難に遭われてきた事実を通して、妙法流通の方軌(正しい法則)を学ぶ。

第7章 妙法流通の方軌を示す(御書509㌻2行目~終わり)

通解

 日蓮がこの道理(真実の仏法が、末法において必ず日本から出現し、広宣流布すること)を知って大法を弘通してから、すでに21年になる。
 日々に災いが競い、月々に難が起こったが、この2、3年の間には、死罪にまで及ぼうとしている。今年、今月には、万が一にも死を免れないような身命である。
 世間の人よ、こうした私の言葉に疑いがあるなら、詳しいことは私の弟子に問いなさい。
 なんと幸いなことであろうか。この一生のうちに、無始以来の謗法の罪を消滅できるとは。なんと喜ばしいことであろうか。まだお会いしたことがない教主釈尊にお仕えすることができるとは。
 願わくは、私を亡き者にしようとする国主らをまず最初に導こう。私を助ける弟子たちのことを釈尊に申し上げよう。私を生んだ父母には、自分が生きているうちに、この大善の功徳を差し上げよう。
 ただし、今、夢のようではあるが、「宝塔品の心」を得たのである。
 この品には、「もし須弥山をとって他方の無数の仏土に投げて置くこともまた、まだこれを難事とはしないのである……もし仏の滅後に悪世の中で、この経を説くことこそ難事である」と説かれている。
 伝教大師は「浅いことは易しく、深いことは難しいというのは、釈尊の判定である。浅いことを去って、深いことに就くのが仏の心である。天台大師は、釈尊に信順し、法華宗を助けて中国に弘めて宣揚し、比叡山の一門は天台を引き継いで、法華宗を助けて日本に弘通するのである」と述べている。
 安房国(現在の千葉県南部)の日蓮は、恐れ多いことだが、必ず釈尊、天台大師、伝教大師の三師の後を受け継ぎ、法華宗を助けて、末法に流通するのである。三師に一を加えて、三国四師と名付けるのである。南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。
 文永10年太歳癸酉、閏5月11日
 僧日蓮これを記す。

挿絵

解説

★苦難こそ「幸なるかな」

 第7章では、日蓮大聖人が、仏説の如く大難に遭われてきた御闘争やその法悦を述べられ、大慈大悲の御境地を明かし、法華経を流通しゆく正統としての御自覚と、末法の御本仏としての大確信を示されている。
 まず大聖人は、立宗宣言以来、数々の大難に遭われながらも大法弘通に臨んできたことを述べられる。
 真実の仏法が末法の日本から出現し、一閻浮提へ広宣流布しゆくことを覚知なされた大聖人は、建長5年(1253年)4月28日、南無妙法蓮華経の題目を唱え、立宗宣言された。それは、末法の苦しむ民衆を救う「人間復興の大宣言」であり、人々を不幸へ導く謗法と戦う「宗教革命の大宣言」であったといえる。
 もとより大聖人は、法華経に説かれる通り、妙法流布の途上には身命に及ぶ大難があることを覚悟されていた。そして、末法万年の広宣流布のために、一身に迫害を受け切りながら、妙法を弘通しゆく誓願を立てられた。
 立宗以来、21年――。「日々に災いが競い、月々に難が起こったが、この2、3年の間には、死罪にまで及ぼうとしている。今年、今月には、万が一にも死を免れないような身命である」と仰せの通り、「竜の口の法難」から足かけ3年、御執筆当時は佐渡に流罪中で、命の保証もない身であられた。
 ここで大聖人は、「世間の人よ、こうした私の言葉に疑いがあるなら、詳しいことは私の弟子に問いなさい」と仰せである。大聖人はこれまでも、弟子たちに難の意味を教えてこられた。〝わが志を受け継いで戦うのだ〟との、弟子に託す師の思いが感じられてならない。
 次に、「幸なるかな」「悦ばしいかな」と、妙法弘通の途上で大難に遭うことで罪障を消滅し、仏の境地を得ることができる喜びを記されている。この喜びの表現に、法華経の行者が大難を受ける意味が凝縮されていると拝される。
 すなわち、大難を受けることによって、宿命を転換し、生命を変革しゆくことができる。謗法を責め、妙法を弘めゆく「護法の功徳力」によって、三世にわたる重い宿業を、現世で軽く受けることができる。そして、わが生命を、永遠の幸福の軌道に乗せることができるのである。
 広宣流布の戦いによって、悩みや苦しみが、真の幸福確立への糧となる。信心に励む中で競い起こる三障四魔は、仏の生命力で立ち向かっていけば、「飛躍台」となるのだ。ゆえに「幸」であり、「悦ばしい」のである。

★一切衆生を幸福に!

 続いて大聖人は、「願くは我を損ずる国主等をば最初に之を導かん」と述べられる。大慈大悲の御境涯にあふれた一節である。
 なぜ大聖人は、「自らを迫害する権力者たちを最初に導こう」と言われているのか。それは、「釈迦如来のためには、提婆達多こそ第一の善知識であった。今の世間を見ると、人を良くするものは、味方よりも強敵が人をよく成長させるのである」(御書917㌻、通解)とあるように、迫害者こそ、自身を成長させてくれる存在であり、大聖人が「末法の法華経の行者」であることを証明した存在であるから、と拝すことができる。
 本抄でも取り上げられている通り、法華経には、「猶多怨嫉・況滅度後」「及加刀杖」「数数見擯出」等、末法において妙法を弘める者には数々の迫害があると説かれている。そして現実に、身命に及ぶ迫害に遭われたのは、大聖人をおいて他にはいない。
 また、〝迫害者を最初に導く〟との仰せには、一切衆生を救おうとされる御本仏の大境涯が表されている。「この人は救うが、あの人は救わない」などという仏はいない。私たちの実践に即していえば、「縁する全ての友に仏法を語り抜いていこう」とする勇気ではないだろうか。
 続いて大聖人は、「我を扶くる弟子等をば釈尊に之を申さん」と述べられている。弟子は、師と共に戦う存在である。よって、「導く」のではなく、その奮闘の姿を「申さん(報告する)」と仰せになったのだと拝察される。
 さらに、「我を生める父母等には未だ死せざる已前に此の大善を進めん」と、自分が生きている間に、父母に功徳を差し上げようと仰せである。
 私たちにとって、広布の人材に育ち、広宣流布の功徳を回向していくことが、最高の親孝行となるのだ。

★「深きに就く」人生を

 次に、「宝塔品の心を得たり」と、法華経見宝塔品第11に説かれる「六難九易」の本義を体得されたと明かされる。「六難九易」とは、末法における法華経の弘通が、いかに難事中の難事であるかを示した経文である。
 「九易」とは、例えば、「須弥山をとって他の無数の仏土に投げて置くこと」など、常識的には不可能である九つのことである。しかし、それすら、「仏の滅後に悪世の中で、法華経を弘通すること」などの「六難」に比べれば、まだまだ易しいと、経文には説かれているのだ。
 表面だけ見れば、〝この「六難」と「九易」は、逆ではないのか〟と思ってしまうほどである。それだけ、妙法を実践することは難しい。その法を他人にも語っていくことは、なお難しい。
 「九易」を可能にする、特殊な能力や知識、力があったとしても、それは幸福と直結しているわけではない。真の幸福とは、何があっても幸福を感じていく境涯(絶対的幸福)の確立なのだ。
 次いで大聖人は、伝教大師の「浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり」との言葉を引用される。いかなる弘通の困難があっても、浅い教えを去って、深い法華経を受持し、弘通することが、「丈夫(=仏)の心」である。だからこそ大聖人は、いかなる大難があろうと、末法広宣流布を実現しようとする地涌の菩薩の誓願を受け継ぎ、一人立たれたのだ。
 大聖人に直結する私たちもまた、小さな自分ではなく、大きな使命に生き抜く「丈夫の心」を受け継ぎ、広宣流布の闘争に前進する青春を送っていきたい。

★学会こそ仏意仏勅の団体

 最後に大聖人は、「三国四師」を示され、本抄を結ばれる。
 「三国四師」とは、インドの釈尊、中国の天台、日本の伝教を受け継いで、大聖人が法華経を末法に流通していくという、法華経の行者の系譜である。大聖人は、この系譜に基づいて、末法の民衆を救いゆく大法を確立されたのである。
 また、大聖人は、あえて「安州(安房国)の日蓮」と述べられている。私たちも、〝世界広布は、わが使命の天地から!〟と、決意したい。
 この系譜を受け継いだ教団こそ、世界広宣流布を現実的に進めている創価学会である。学会は、創価三代の会長による指導のもと、いかなる迫害をも恐れず、妙法流布に邁進してきた、仏意仏勅の団体なのだ。
 池田名誉会長は記している。
 「大聖人が御宣言された仏法西還・世界広布――。これを受けて、創価の父・牧口先生は、全世界の人類の即身成仏の実現を熱望されていました。戸田先生は、師匠の熱き思いを、まっすぐに受け継いでおられた。(中略)戸田先生を世界にお連れし、一閻浮提広宣流布の発展を見ていただく――。その思いで私は世界を駆け巡り、対話行動に邁進してきました」
 師の心を受け継ぎ、行動する――ここに広宣流布があることを銘記して、私たち青年部は、世界広布新時代を堂々と勝ち開いていこう。

(創価新報2014年7月16日号)