創価の思想を学ぶ

第2回 創価の源流

第2回 創価の源流創価三代が築いた人間主義の大潮流(2)

師弟の心で学会は永遠に発展
人類の平和と幸福を開く民衆団体の誕生

「学会精神」の源流である牧口先生と戸田先生の師弟の絆は、生死を超えて厳粛であった。同じ目的のために、同じ心で、生き抜いていく。そして死んでいく――この師弟の「心」がある限り、学会は永遠に生き生きと「広宣流布」へ、また「広宣流布」へと前進していける。(聖教新聞1992年1月28日付、本部幹部会でのスピーチ)

日蓮大聖人は、烈々と宣言された。
「白法隠没の時に次いで法華経の大白法の日本国並びに一閻浮提に広宣流布せん事も疑うべからざるか」(御書265㌻)
この大聖人の御生誕からおよそ700年。1928年(昭和3年)、牧口常三郎初代会長、戸田城聖第2代会長の師弟は、相次いで日蓮正宗に入信した。
57歳にして大聖人の仏法に巡りあえたことの感動を、牧口会長は「言語に絶する歓喜を以て殆ど六十年の生活法を一新するに至った」と記している。
創価学会の初代、2代会長が日蓮仏法の実践を始めたこの年はまた、池田大作第3代会長が生まれた年でもあった。
30年(同5年)11月18日、戸田会長は私財をなげうち、すべての編集の労を引き受けて、師である牧口会長の大著『創価教育学体系』第1巻を出版した。
奥付に発行所として「創価教育学会」の文字が初めて刻まれたこの日が、創価学会の創立記念日となった。
弟子が師を支え、師の偉業を宣揚する。その戦いから、創価学会は誕生したのである。

挿絵

権力の魔性との死身弘法の闘争を貫く

日本の軍国主義がアジアへの侵略を強め、世界が戦争の暗雲にのみ込まれていく時代に、創価学会は産声を上げた。
特高警察の監視が続く中で、牧口会長は座談会に出席し、堂々と正法正義を語り、高齢の身を押して全国各地に折伏の歩みを進めていった。
一方、戦争の遂行へ国民の精神統合を図ろうとする軍部政府は、国家神道を国民に強制し、宗教各派の合同を進めようとした。こうした中、日蓮正宗は、権力の弾圧を恐れて大聖人の御書の御文を削除し、御観念文を国家神道礼賛の内容に改変するのである。
43年(同18年)6月、ついに宗門は牧口会長と戸田会長を大石寺に呼び出すと、法主が立ち会った席で、学会も神札を受けるようにと指示した。既に末寺に神札を受けさせていた宗門は、学会が神札を拒否することで、宗門にも弾圧が及ぶことを恐れていたのである。
「神札は絶対に受けません」。牧口会長は、宗門の臆病な要求を毅然と拒否して下山した。
日蓮大聖人の正法正義が、もはや宗門からは完全に消え失せ、創価学会が仏意仏勅の教団として、大聖人直結の信心を確立した瞬間であったといってよい。
翌7月の6日、牧口会長は伊豆の下田で、戸田会長は都内で、治安維持法違反と不敬罪の容疑で連行、逮捕された。
牧口会長は、取り調べにあっても仏法の正義を語り抜いた。それは訊問調書の記録にも残っている。
死身弘法の大聖人の御精神のままに、最後まで正義を貫いた牧口会長は、44年(同19年)11月18日、獄舎の中で尊い殉教の生涯を終えた。

師を信じて信仰の道へ 日蓮仏法を実践

獄中で戸田先生が、朝な夕な祈っていたのは、師・牧口先生の無事であった。
〝自分はまだ若い。先生は高齢である。罪は自分一身に集まり、先生は一日も早く出られるように〟と。
ところが、年が明けた一月八日、「牧口は死んだよ」と、師の牢死を知らされたのである。
狂気の軍国日本は、「正義の人」を殺した。秋霜の牢獄での死をもって報いたのだ!
戸田先生は、悔し涙に悶えながら、阿修羅のごとき大闘争を誓った。
〝我は妙法の巌窟王となり、必ず、必ず、師匠の仇討ちをしてみせる!〟(「随筆 新・人間革命」〈創価の魂の源流・豊島〉)

45年(同20年)7月3日、師の心を心として、戦争で焼け野原と化した東京に、戸田会長は一人立った。
その戸田会長が、初めて若き池田名誉会長と出会ったのは、47年(同22年)8月14日。座談会で立正安国論を講義していた折である。
終了後、19歳の名誉会長の〝正しい人生とは何か〟などの質問に、戸田会長は確信を込め明快に回答した。見知らぬ青年をも温かく包み込む姿に、名誉会長は、あふれる思いを即興詩に託した。青年の生涯を決する、厳粛な一瞬であった。
名誉会長が戸田会長を信じて学会に入会し、日蓮仏法の実践を開始するのは、それから10日後のことである。

挿絵

私は米国コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジにおける講演で、戸田先生に呼びかけるように語った。
「今の私の九八パーセントは、すべて、恩師より学んだものであります」
人間だけが師弟をもつことができる。師弟の道によって自分を高めていける。ここに人間の究極がある。(「随筆 新・人間革命」〈わが原点 8月14日〉)

(創価新報2012年2月1日付12面から転載)