創価の思想を学ぶ

第4回 師弟の薫陶㊦

第4回 師弟の薫陶㊦創価三代が築いた人間主義の大潮流(4)

不惜身命の戦いで師の願業達成
邪義を打ち破る師子吼で勝利の突破口を開く

――創価学会は、宗教界の王者である!
師から弟子が受け継ぐ創価学会の魂とは、この「王者の創価学会」「師子王の創価学会」であらねばならぬ。(『随筆 師弟の光』〈永遠の師弟の原点「3・16」〉)

1955年(昭和30年)3月、若き池田名誉会長は、師の故郷である北海道に立った。
創価学会と日蓮宗身延派との間で行われた「小樽問答」に臨むためである。司会を務めた名誉会長の師子吼が勝敗の流れを決し、大勝利へと導いた。
在家教団である創価学会が、邪義にまみれた〝衣の権威〟を完膚なきまでに打ち破ったのである。
その圧勝も、創価の師弟にとっては当然すぎる一つの出来事に過ぎなかった。
世界広布の基盤となる盤石な創価の「民衆の城」をいかに築くか。師弟の一念は、そこに注がれていた。
名誉会長は同年8月の夏季指導では、札幌で指揮を執り、10日間の短期決戦で「388世帯」という日本一の拡大を成し遂げた。今に語り継がれる「札幌・夏の陣」である。
戸田第2代会長は、さらなる困難な戦いを、この真正の弟子に託した。

「大作、関西に行ってくれ!
関西がどうなるかで、広宣流布の五十年先、百年先の学会が決まってしまうからだ。
絶対に負けられぬ戦いだ。関西に広布の一大拠点を作ってくれ給え!
断じて、戸田自身のためにも、勝ってくれ!」
あまりにも私を信じてくださる師の厳命に、私は勇んで関西に飛んだ。
一九五六年(昭和三十一年)の一月四日のことである。(「随筆 人間世紀の光」〈おお 常勝の大関西城!㊤〉、『池田大作全集』第135巻)

挿絵

権力との闘争の矢面に立った弟子が全責任を担う

名誉会長は、関西の同志と心を一つにした56年(同31年)の「大阪の戦い」で、5月には、1支部で「1万1111世帯」の弘教達成という不滅の金字塔を築いた。さらに、同年7月の参議院選挙の大阪地方区では、〝まさかが実現〟と世間が驚愕した勝利を開く。
また、同年10月からの「山口開拓指導」の指揮を師から託された名誉会長は、幾多の総理大臣を生んだ明治維新の揺籃の地で、学会の世帯を約10倍に拡大してみせた。
これら名誉会長の戦いによって、戸田会長が会長就任の日に願業として掲げた75万世帯の折伏は、57年(同32年)12月に達成されるのである。
しかし、破竹の勢いで前進する民衆勢力に対し、権力の魔性が傲然と牙をむいてきた。
同年には、北海道の夕張で、当時は一大勢力を誇っていた炭鉱労働組合が学会員を不当に弾圧する暴挙に出た。名誉会長は夕張の同志のもとへ飛び、「信教の自由」を守るべく炭労の横暴を糾弾した。
さらに、同年4月の参議院大阪地方区の補欠選挙で違反者が出たことを口実に、大阪府警が名誉会長に魔手を伸ばした。奇しくも師が出獄した日と同じ7月3日、名誉会長は無実の罪で逮捕されたのである。

弾圧の狙いは、会長の戸田先生にあることは明々白々であった。「東京の本部を手入れし、戸田を逮捕する」と、恫喝的な言葉を、私は浴びせられた。 
ご逝去のわずか九カ月前であり、すでに、先生のお体の衰弱は激しかった。投獄は、そのまま死につながり、殉教の初代・牧口先生と同じ命運をもたらしてしまう。
狂暴な嵐のなかで、私は、ただ、わが命を盾として、師匠をお守りし、学会本部を守ることを考え、祈った。(「随筆 新・人間革命」〈7・12「炎の東京大会」〉、『池田大作全集』第132巻)

1950年代の後半は、不二の弟子が師の大願を勝ち開き、師の盾となって権力の魔性と戦った歳月であった。

挿絵

広布後継のバトンを受け継ぎ新たな指針示す

58年(同33年)2月。最後の誕生日を前に、戸田会長は名誉会長に語った。

「一千万の人が信心する時代がきたら、すごいことになるぞ。楽しみだな……」(「随筆 新・人間革命」〈使命の大道〉、『池田大作全集』第134巻)

そして3月16日、戸田会長は6000人の青年部員を前に、広布の記念式典を挙行した。それは広宣流布の師から、若き闘将である名誉会長を中心とする青年の手に、広布の印綬が託された「付嘱の儀式」であった。

恩師は、私に言われた。
 「さあ、これで、私の仕事は全部、終わった。あとは、お前だ。頼むぞ!」(「随筆 人間世紀の光」〈桜花の誓い〉)  

逝去直前の3月末、戸田会長は、「一歩も退いてはならんぞ。追撃の手をゆるめるな!」と師子吼を放ち、これが、弟子への最後の遺言となった。
4月2日、戸田会長は霊山へ旅立つ。名誉会長は、同志の悲哀を吹き払うべく、翌月、「七つの鐘」の構想を発表した。6月には総務に就任。学会は「空中分解」するであろうとの中傷を打ち破って、厳然たる民衆城を築き上げていくのである。

「4・2」から「5・3」へ――それは、弟子の勝利を師に捧げる時である。
そして、新たな大勝利を、師に誓って出発する時なのである。(同)

(創価新報2012年4月4日付12面から転載)