創価の思想を学ぶ

第8回 正義の反転攻勢㊤

第8回 正義の反転攻勢㊤創価三代が築いた人間主義の大潮流(8)

師弟の絆で民衆勝利を開く
恩師との誓いを胸に世界から新たな闘争を開始

 渓流から大河へ――一九八〇年(昭和五十五年)十一月、創価学会は、営々たる歩みの末、創立から半世紀の歴史を刻んだ。仏法は、民衆の大地を滔々と流れ、潤していた。
 一方で、当時は堕落した僧たちの邪な策動が始まり、重要な局面にあった。
 私は次代の展望を開くため、世界的規模での民衆仏法の興隆を担うべく、次なる行動を固く期していた。(「大道を歩む」〈世界一周の激励行〉、『池田大作全集』第126巻所収)
  
 1980年(昭和55年)10月、アメリカのロサンゼルスに48カ国・地域の代表1万5000人が集い、歴史的な第1回SGI(創価学会インタナショナル)総会が開催された。
 席上、池田名誉会長は、戸田第2代会長から贈られた和歌「大鵬の/空をぞかける/姿して/千代の命を/くらしてぞあれ」に言及し、全世界を飛び回り妙法広布に尽くしたいとの心情を語った。
 第3代会長辞任から1年半。師弟を分断しようとする邪悪な画策が続く中、名誉会長はどこまでも恩師への誓いを貫き、悠然と「世界」から反転攻勢の火蓋を切ったのである。
 翌81年(同56年)5月、世界を巡る平和行動に出発。ソ連では、チーホノフ首相と会見し、冷え切った米ソ関係を打開するために〝スイスなど良き地を選んで、米ソ首脳会談を〟と提案した。米ソ首脳が、ジュネーブでの初会談を実現するのは、その4年後である。
 ブルガリアの指導者等との会見、教育交流のほか、オーストリアのウィーン国立歌劇場や、イタリアのミラノ・スカラ座を相次いで訪問。オペラの至宝スカラ座は、その年の秋、民主音楽協会(民音)の招へいで初来日が実現することとなる。
 またフランスでは、会合に向かう地下鉄の車内で、フランスの青年に贈る詩を詠み、その後、アメリカ、カナダでも寸暇を惜しんでの激励行は続いた。

挿絵

21世紀の広布の山を目指し青年と共に前進

 日本各地でも、何があろうと師を求める、青年たちの真剣な叫びがあった。
 81年(同56年)秋、四国を訪れた名誉会長は、その思いに呼応するかのように反転攻勢の戦いを開始した。
 「もう一度、私が指揮をとらせていただきます!」
 この時、名誉会長が青年と共に20数回の推敲を重ね、学会歌「紅の歌」が誕生。そこから関西、中部、東海道へ。年末には、九州・大分に入った。
 いわゆる第1次宗門事件の発火点の一つとなった大分では、忘恩の極悪坊主によって、同志たちが筆舌に尽くせぬ苦しみに耐えていた。
 この折、長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」が誕生。12月10日に行われた大分県青年部幹部会で発表された。
  
 彼らの代表者たちが、新しき「正義の詩」をつくりたい、その詩とともに、二十一世紀へ、厳然たる前進を開始したいと、言うのであった。
 私もそれに応えた。
 「よし、やろう!」
 狭い六畳の部屋は、たちまち詩人の戦場と化した。
 「『なぜ山に登るのか』『そこに山があるからだ』と……」
 約四十分間、あとから、あとから、言葉は奔流となり、炎の噴出となって、ほとばしった。
 私の口述を、五人の男女の青年たちが、ペンも折れよとばかりに、無我夢中で、メモをとってくれた。(「随筆 新・人間革命」〈民衆の勝利の詩〉、『池田大作全集』第129巻所収)
  
 県下で最も悪侶に苦しめられた竹田では、300人の同志が岡城址で師を待っていた。
 〝烈風に耐え抜いた正義の勇者を歴史に残したい〟との名誉会長の思いを受けて聖教新聞に掲載された記念写真は、2ページにまたがる異例のものとなる。これこそ、創価の師弟の勝ちどきであった。
 翌82年(同57年)1月、名誉会長は雪の秋田へ。3月には10万人の関西青年部が集った青年平和文化祭へ。
 〝師弟の絆は厳然たり〟と叫ぶがごとく、金地に深紅の「関西魂」の人文字を背に、圧巻の6段円塔が立った。

挿絵

恒久平和の実現へ「SGIの日」記念提言を発表

 世界の広宣流布は、仏法の究極の大願である。
 言い換えれば、この世界から「悲惨」の二字をなくし、人類の幸福なる恒久平和を実現することであるのだ。
 一宗教の繁栄が目的ではない。全民衆の幸福が根本の目的である。「人間」のために、仏法はあるからだ。(「随筆 人間世紀の光」〈「SGI」の尊き使命〉、『池田大作全集』第135巻所収)
  
 81年(同56年)、創価学会は、国連広報局のNGO(非政府組織)となる。翌年6月には、ニューヨークの国連本部で開幕した第2回国連軍縮特別総会に合わせ、「核兵器――現代世界の脅威」展を同本部内で開催。国連広報局が主催し、創価学会、広島市、長崎市が共催したこの展示は、以後、17カ国25都市を巡回した。
 国連のデクエヤル事務総長は、〝この展示を、国連軍縮総会期間中に集まる世界各国の大使、公使、外交官に全部見せるようにしたい。今回の展示に対する創価学会の貢献に感謝します〟と述べている。
 また、それまで国連軍縮総会に寄せて平和提言を発表してきた名誉会長は、83年(同58年)以降、1・26「SGIの日」に合わせ、世界へ「記念提言」を発表。本年(2012年現在)で30回を数えた。
 一貫して国連を支持し、民衆の力で世界不戦への潮流を築こうとする名誉会長の行動に対し、83年(同58年)8月、国連は「国連平和賞」を授与して讃えた。

(創価新報2012年8月1日付12面から転載)