YOUTH コラム

差別を乗り越える

差別を乗り越える

在日コリアンに、人を人とも思わぬ罵声を集団で浴びせる行為、「ヘイトスピーチ」が深刻な問題となっている。ヘイトスピーチとは、憎悪にもとづく発言や、差別的行為を煽動する言動、または各種の表現をいう。最近問題になっているのは繁華街での行為であるが、過去には朝鮮学校の校門前で、未成年の生徒たちに向けて授業を妨げるような言動を行った事例もあった。

彼らが活動のよりどころにしているのは憲法が謳う「表現の自由」である。確かに現在の日本においては、特定の人種や民族を差別する言動を禁じる法律は存在しない。しかしこうした行為は、先進国の多くであれば犯罪として処罰されるものであり、日本でのあり方についても議論が生じている。

実は2008年に、日本は国連人権理事会から「在日コリアンに対するあらゆる形態の差別を撤廃する対策を講じること」を求められていながら、これを無視した経緯がある。このままでは国際社会における日本の評価は低下を免れないであろう。

なぜこうした差別的言動が生まれるのか――。池田大作創価学会名誉会長は『法華経の智慧』で、“人間には「慢」の生命、すなわち「他人と自分を比べて、自分が優れ他人が劣っていると思いこむ煩悩」が備わっている”と述べている。そして、そうした自己像を壊さないことにエネルギーを注ぐことになる、と指摘している。昨今のヘイトスピーチのような行状も、そうしたエネルギーの現れであるといえよう。

仏法には、「如我等無異」という、革命的な人間主義の大哲理が存在する。すなわち「一切衆生を自分と同じ仏にして異なることがないようにしたい」(法華経130㌻、趣意)との仏の大慈大悲である。

単に差別がない社会、あるいは差別が罰せられるような社会を超越し、万人が自身の可能性を十全に開花させられるような社会を実現していくためにも、仏法の精神を社会へ行き渡らせていくことが肝要である。(英)

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