YOUTH コラム

“野宿者”を救った一人の声掛け

“野宿者”を救った一人の声掛け

仕事の一環でボランティア活動に携わるなか、元野宿者の人に野宿生活時代の話を聞く機会があった。

彼は淡々と語る。「野宿生活を8カ月くらい続けて、食べるものも、住む場所も、帰る場所もないまま迎えたある冬。あまりの飢えと寒さに心は折れ、生きていてもしかたがないと思い、電車に飛び込もうと思った」と。

その時、同じく野宿をしていた仲間が「飯が食える場所があるよ」と言って自殺を止めてくれた。そして、ボランティアによる炊き出しや行政のサポートによって、飢えをしのぐことができたという。

ここで考えるべきことがある。それは、8カ月もの野宿生活の間、彼はずっと孤独であったということだ。唯一彼に声をかけたのは、自殺を食い止めた同じ路上生活者の仲間だけだった。もし、その声かけがなければ、彼は今、ここにはいなかったであろう。

池田大作創価学会名誉会長は、2013年1月に発表した「SGIの日」記念提言で、「仏法の成立にあたって、その出発点に横たわっていたのも、〝さまざまな苦しみに直面する人々に、どう向き合えばよいのか〟とのテーマでした」と述べ、「釈尊の眼差しは、老いや病に直面した人々を──それがやがて自分にも訪れることを看過して──忌むべきものと差別してしまう“心の驕り”に向けられていた。であればこそ釈尊は、周囲から見放された高齢の人や、独りで病気に苦しんでいる人を見ると、放っておくことができなかった」と強調している。

池田名誉会長はさらに、「かけがえのないものを守り、自他共の尊厳を輝かせていくことを習慣化していく中に格差社会の克服、そして一人を大切にする『社会的包摂』の基盤を作ることができる」とも指摘している。

貧困や格差社会の問題については、行政による対策は当然必要だ。同時に、生活に困窮する人はとかく孤立しがちであるだけに、周囲の人々が当たり前にそうした困窮者に寄り添うような社会を構築しなければ、根本的な問題解決にはならないのではないかと思う。双方があいまった時、生活に困窮する人も「自分が大切にされている」と感じることができるであろう。

創価学会は、長年にわたって苦悩に沈む友に寄り添い、励ましを送りながら多くの人々を蘇生させてきた。自分自身のことを後回しにしてでも、他人に尽くすということが、どれほどすごいことか――。この「奉仕の精神」を時代は必要としている。(井)