YOUTH コラム

「東日本大震災10年 分断超える 励ましの力」

「東日本大震災10年 分断超える 励ましの力」

福島県内を車で走ると、除染土を収めたフレコンバッグが目に入る。地震、津波、そして、東京電力福島第一原子力発電所の事故という複合災害に遭ったふくしまの事実を突き付けられる思いがして、今でも胸が苦しくなる。発災当初、県土の12%を占めた避難指示区域は、除染等によって2.4%に。最大で約16万5000人だった県内外への避難者も、当時の22%まで減少した。とはいえ、いまだ4万1000人を超える方々が避難生活を強いられている(本年2月、復興庁調べ)。福島第一原発の廃炉作業は40年以上の歳月を要すると言われている。
多くの人々の努力により、着実に進むハード面の復旧・建設。一方で、まだまだ支援を必要とする人も多くいる。その両面が、10年経った「ふくしまの現在地」だ。

復興した/していない、避難する/しない、県内/県外……「3・11」以後、ふくしまは、常に「分断」され、「二極化」されてきたように思う。「(原発事故で)生まれた分断を、さらなる分断と排除によって解決しようとすれば真の復興にはなり得ない」と、福島県在住のローカルアクティビスト(地域活動家)・小松理虔氏は指摘する。そのためには、「科学的な知見をベースに多様なコミュニケーションを担保すること」「そのようなコミュニケーションができる人を育てていくこと」の必要性を訴える(『新復興論』ゲンロン叢書)。氏が指摘するように、「次の10年」への出発点に立つ今、求められているのは、「分断」の懸け橋となる人材ではないだろうか。

原発の影響で避難区域が一部残る、富岡町のシンボル「夜ノ森」の桜並木

原発の影響で避難区域が一部残る、富岡町のシンボル「夜ノ森」の桜並木

原発事故により全町避難を強いられた富岡町。一部を除き避難指示が解除された2017年から、この地で図書館司書として働く女子部員がいる。生まれも育ちも東京の彼女は〝被災地のためにできることはないか〟と、ずっと祈り考え続けてきた。彼女は「被災体験のない自分が役に立てるのかと不安になる時もあります。それでも、〝これから〟を一緒に考えることはできます」と。最近、町民から声を掛けられることも増えてきた。本を貸し出すためだけでなく、町民の心と心が触れ合う温かい交流の「場」をつくる――それが彼女の目指す復興のカタチだ。

彼女の生き方に象徴されるように、地域を、人を対話でつなぎ、「心の橋」を懸け続けてきたのが、創価学会の励ましだ。それは未曽有の災害の中でも発揮された。
発災当時、小学6年だったある女子部員。原発事故で帰還困難区域となった双葉町から埼玉県に避難を強いられた。「当時を振り返って、自分の人生ではない、まるでゲームの世界に迷い込んだようでした」と語っていた。それでも、周囲には、同志の励ましがあった。座談会に行くと、故郷と変わらない「絆のぬくもり」があった。そんな励ましに包まれて初めて、「自分は今を生きているんだ」と実感できたという。短大を卒業後、福島県に戻り、現在は税理士事務所に勤務するその女子部員は「触れた優しさの分だけ、恩返しがしたい」と誓っている。

池田先生は、本年の「3・11」に寄せた随筆で、日蓮大聖人の遺文集(御書)の一節「この法華経を持つ人は、百人は百人ながら、千人は千人ながら、一人も欠けず、皆、仏に成ることができるのです」(1580ページ、通解)を通してつづった。「仏法の慈悲は誰も排除しない。いかなる人も大切な存在として、『幸せになれ』と祈り、照らしていくのだ」と。(聖教新聞2021年3月11日付)

一口に「ふくしま」「10年」といっても、一人一人はそれぞれの思いを抱えている。被災した体験、「3・11」に対する気持ちは、どこまでもその人に固有のものである以上、こちらで「復興のゴール」を設定できるものではない。なればこそ、どこまでも相手の生き方を肯定し、心に寄り添い続けていく――そんな「同苦の励まし」が欠かせない。加えてそれは、送る側、送られる側の一方向の関係で成り立つものではない。相手の「生きる力」を呼び覚まそうとするとき、自らのその力もまた、呼び覚まされているからだ。東北の「福光」の合言葉「負げでたまっか!」が全国、全世界に広がっていった10年の軌跡からも、その事実は伺い知ることができる。

この間の歴史を、過去の記憶とするのではなく、次の10年、そしてもっと先の未来の教訓とするため、福島青年部では今後、東日本大震災で被災した方々、原発事故で避難を強いられた「うつくしまフェニックスグループ」メンバーへのヒアリングを行い、「証言集」を作成していく予定だ。

「心の復興」に終わりはない。目の前の一人を笑顔にする「今日」を大切に積み重ねる中でしか開けない「明日」が来ると信じて、自他共の希望の励ましをこれからも広げ続けていきたい。

総福島女子部長 蛭田慶子