YOUTH コラム

「『魂の独立』30年に誓う」

「『魂の独立』30年に誓う」

広布破壊の輩は永遠に許さない

創価学会が邪宗門の権威の鉄鎖を断ち切った「魂の独立」から30年。学会が世界宗教へと大きく飛翔する一方、日顕宗(日蓮正宗)は泡沫教団になり果てた。
しかし、何年経ったとしても、宗祖・日蓮大聖人の御心に背き、日顕らが犯した「広布破壊・破和合僧の大罪」とその悪行を永遠に糾弾していくことは、大聖人の仏法を令法久住していく上での絶対条件である。
ゆえに、我ら青年部は、これからも日顕宗の大罪を糾弾し続けていく。

かつて池田先生が青年部に対して、御書の一節を通してされた甚深の御指導がある。「この原理を、大聖人は繰り返し繰り返し説かれた。御書全編を貫く指導がここにある」と。先生がこう断言された原理とは――。

「開目抄」には、次のように仰せである。

【御文】
迦葉我護持正法の因縁にて今是の金剛身常住不壊を成就することを得たり(中略)師子吼を作すこと能わず非法の悪人を降伏すること能わず、是くの如き比丘自利し及び衆生を利すること能わず、当に知るべし是の輩は懈怠懶惰なり(御書235ページ)

仏法の修行法には「摂受」「折伏」の二つがあり、現代のように、邪智・謗法の者が多い時は折伏を第一とすべきだと経文に説かれている。上記の「開目抄」の御文は、「摂受・折伏を時に相違して実践した場合に利益があるのか」という問いに対して、大聖人が、それでは利益がないことを説明するために引いた「涅槃経」の一節である。

「如来はどのようにして金剛のように壊れない身を得たのか」――釈尊は弟子の迦葉からの問いに、「正法を護持しきった功徳によって、金剛身をつくり上げることができた」と語る。そして、その正法を護持する方途は時と立場によって異なり、時々によって悪法を根底から打ち破る師子吼をせずに、法に背く悪人を降伏させられないような僧は、自身や衆生を利益することはできない、怠惰で堕落した者であると結論されている。

叫ぶべき時に叫ぶ。邪悪とは最後の最後まで戦い抜く――。先生が教えてくださった破邪顕正の魂を改めて心に刻み、我々は、意義深き「魂の独立」から30年の節目に、この一節を生涯〝受持〟し、〝実践〟することを、「御本仏」と「広宣流布の師匠」に誓いたい。

日蓮仏法の要諦は、あの手この手で巧妙に奸計を巡らし、民衆を誑かし悪道に引き入れる「悪」との闘争にあるからだ。創価学会は、その闘争を間断なく貫いたがゆえに、世界的な大発展を遂げたのだ。
広布後継の自覚と責任において、宣言したい。「広布後継の絶対条件」は「極悪との闘争」にあり、と。「魂の独立」から30年の節目は「学会創立100周年」を目指しての〝破邪顕正のさらなる闘争の出陣の場〟である、と。

立正安国の実現は「極悪との闘争」の中に

それは、私が中学1年生の冬、1995年1月17日早朝のこと。関西にとって忘れることのできない「阪神・淡路大震災」が発生。兵庫県を中心に甚大な被害をもたらし、6,400名以上の尊い命が失われた。
震災により、愛する関西の町並みが、一瞬にしてがれきと化した。自然の猛威と残酷さを前にして、多くの人々が言葉を失った。しかし、学会の同志は「心の財」を強く抱き締めながら一丸となって、24時間体制で復旧・救援活動に奔走した。兵庫の同志に、そして被災した全ての友に届けと、皆が真剣に題目を送り続けた。

発災直後から池田先生は、愛する関西に応援の手を次々に打ってくださった。例えば、朝一番、兵庫の幹部に「リーダーが嘆いてはいけない」「最前線で激励するのだ」と矢継ぎ早に伝言を送られた。さらに海外訪問の出発を延期され、激励の体制を整えられるよう、手を尽くされた。そして2月2日に関西へ。4日、池田先生は「大法興隆所願成就」としたためられた「関西本部常住御本尊」に、亡くなられた方々の追善と一日も早い大復興を、強く深く御祈念してくださったのである。

「希望の大復興」を誓い、「変毒為薬」と「宿命転換」への新出発となった「勤行法要」。その席上、関西の同志に対して先生が教えてくださったことの一つは、生死不二の生命観とともに、「悪と戦う」ことの重要性であった。

先生は、こうスピーチされた。

牧口先生は、権力にへつらう宗門が、創価教育学会の弘教を妨害していることを「これは実に容易ならぬ謗法の行いである」と破折されている。牧口先生の「敵前上陸」の「敵」とは、宗門であり、誤れる宗教であり、権力であった。
大聖人は、経文を引いて仰せである。
「末法に入つて正法を行ぜん人・出来せば邪法のもの王臣等にうたへて」(御書1471ページ)──末法に入って、「正法の行者」が出現すれば、邪法の者は、王やその臣下等に訴えて──と。
「邪僧」と「権力者」が手を結ぶ、と。牧口先生も、戸田先生も、この方程式で弾圧されたのである。今もまた、同じである。われわれは、まっこうから戦っている。御書の仰せのとおり、牧口先生、戸田先生の軌道のとおり──。すばらしいことなのである。まさに皆さま方こそ、最高の福運を積める人である。
大聖人は、「かつて敵対していた人間同士が手を結ぶ」ことも予言されている。「大慢のものは敵に随う」(御書287ページ)と。
大慢心の人間は、結局、信念なく揺れ動いて、状況が変われば、自分も変わる。ひいては、従来の敵に従いさえするのである。
すべて、御書に仰せのとおりである。このような魔の連合軍が出現することは、法華経の行者の証明である。
法華経の行者であるならば、必ず「仏」になる。広宣流布に戦った人は、いかなる高位の人間よりも尊貴であり、「永遠の王者」「生命の皇帝」となる。
関西の一日も早い復興を祈っている。全世界が、皆さまの行動を見守っている。「世界の模範」の関西として、勇んで立っていただきたい。

先生は、「絶対に心は負けてはいけない。何があっても信心を壊されてはいけない」と、大変な状況の中にあっても、信心を破る悪と戦い、強い確信で広宣流布に進みゆくことを訴えられた。そして、その後も復興を願い地域のために、健気に奔走する関西の同志に、励ましを送り続けてくださった。

私自身、学生部になり、震災に立ち向かっているその裏で行われていた、政治権力と宗教的権威が結託し、学会攻撃を画策していた「四月会」なる勢力による「創価学会破壊の陰謀」を知り、怒りに打ち震えた。学会攻撃の裏には、山崎正友、日顕宗ら退転反逆者の暗躍があったのだ。
だが、これら権力の卑劣な横暴にも、創価の師弟城、なかんずく関西の錦州城は微動だにしなかった。否、むしろ、権力の横暴と戦い抜くことによって、関西同志の「信心」は磨き抜かれ、不屈の魂が培われていった。それにより、復興と幸福楽土建設へのスピードは加速度を増していったのである。

御聖訓には「還つて謗法の者を治す可し若し爾らずんば無尽の祈請有りと雖も災難を留む可からざるなり」(御書85ページ)と厳然と仰せである。その後、四月会は7年後に消滅し、関係者は哀れな末路をたどるわけであるが、「阪神・淡路大震災」を起点とした一連の「立正安国」即「破邪顕正」の〝関西広布史〟を振り返る時、未曽有の震災被害の中、先輩方は社会の安穏を願って行動し、同時に仏敵の陰謀を打ち破ったことは明らかである。

かつて池田先生は青年部に対し、「私の好きな(御書の)一節である」として、御義口伝の「悪を滅するを功と云い善を生ずるを徳と云うなり」(御書762ページ)を引用されたことがあった。
そしてこの時、先生は御文の引用に前後して、次のようにスピーチされている。

悪と戦わない人間は、正義ではない。強い人間ではない。ずるい人間である。
戸田先生も「どんなに人柄が良くても、立派そうに見えても、悪に対して弱い人間、悪と戦わない人間は、結局、正義がない。信念がない。本当の人格がない。ずる賢い人間だ」と、厳しく喝破しておられた。
幹部であっても、戦うべき時に戦わなければ、福運を消してしまう。仏法は厳しい。
(中略)
悪と戦うことが、どれほどすばらしいか。全部、自分自身をつくり、絶対の幸福境涯をつくることにつながる。
広布のために悪と戦えば、功徳がある。戦わなければ功徳はない。私の後に続くのだ――こう大聖人は繰り返し、教えておられる。
創価学会は、大聖人の御聖訓どおりの「広宣流布の団体」であり、「折伏の団体」である。「最極の人間の結合」なのである。

ここで池田先生が教えてくださった、「広布のために悪と戦えば、功徳がある。戦わなければ功徳はない。私(日蓮)の後に続くのだ」という、大聖人の門下に対する念願と御期待――この御心にお応えする直道こそ、私達の「悪との闘争」であると確信して止まない。
大聖人は「正法を人に捨てさせるが謗法にてあるなり」(御書448ページ)、「万事を閣いて謗法を責むべし是れ折伏の修行なり」(同494ページ)と仰せになられた。私達はこの御金言を深く命に刻み、戦ってまいりたい。

破邪顕正の広布史を継承する

「魂の独立」から30年のもう一つの誓い。それは、破邪顕正の広布史を後輩に厳然と継承することである。

第2次宗門事件が勃発したのは1990年12月。日顕が荒唐無稽な「破門通告書」なるものを発し、創価学会が「魂の独立」を果たしたのは、1991年11月28日。
当時、私は小学生。私と同様に多くの青年部員も、宗門事件当時のことをつぶさには知らない。悪侶の狡猾さ、卑劣さ、清らかだと信じていた世界が実は怨嗟渦巻く汚泥の世界であったと知った時の驚天動地ぶり。それらを〝肌感覚〟で体験していない。
だからこそ、後継を担う私達は、「破邪の魂」「顕正の史実」を、後輩達と「共に学び」「共に戦う」必要がある。外形的な姿や形で本性を隠し、甘言を弄して民衆を誑かす「悪」を見抜く眼を養い、言論の舌鋒を磨いて、正法正義を守り伝え抜く使命と責任があるからだ。

令法久住していく上で、永遠に悪との闘争は不可欠である。それは光に影が添うがごとく、「仏」と「魔」が相即不離なものであることは、大聖人が御書の随所で記されている通りだ。

30年前、池田先生と共に毅然と立ち上がった私達の祖父母、そして父母達。この間の血のにじむような破邪の前進、前進、また前進によって、世界広布への扉は大きく開かれた。世代から世代へと絶え間なく継承する破邪顕正の魂こそ、万代にわたる広布の生命線である。
「魂の独立」から30年を迎えた今、我々はその自覚をいや増して深めたい。師匠から、そして広布の父母から託された〝破邪顕正のバトン〟を、ガッチリと握り締めて。

関西青年部長 足立義一